僕は君にキスがしたい
「キスしていい?」「ダメ」からはじまるシリーズ
「キスしていい?」
私の唇を親指でなぞりながら、サンジはそう囁いた──。
深夜のデッキで2人きり。
椅子を向かい合わせて座って、横にある小さなテーブルにはカットフルーツとアルコール度数が弱めのサンジ特製カクテルが並んでいた。
キャンドルの明かりに照らされながらお喋りをしていると、サンジがふいに私の顔に手を伸ばした。ほんの少し前に頬張った、真っ赤な桃のようなフルーツが口の端についているのかもしれない──と咄嗟に自分の手を持ち上げかけると、サンジの目尻がゆるく下がった。その瞳は、私が考えていることとはまったく違うことを考えていそうな柔らかさを帯びていた。
私の頬に触れたサンジは、親指で唇をなぞりながら甘い誘いを囁いた。
「キスしていい?」
長い睫毛をゆっくりと伏せて、もう一度私を見つめたその瞳は、返事なんて聞かなくても分かっているみたいだった。
サンジの親指に唇を弄ばれながら、私は小さく口を開いた。
「だめ」
「…………」
私が溢した二文字に、サンジは驚いたように目を丸めていた。その表情を見て、笑いそうになってしまう。
同じ二文字でも、きっと違う二文字を想像していたんだよね?
サンジは無言のまま見張り台に顔を向けて、それからもう一度私を見た。
次に何を言われるのかだいたい予想がつくけれど、それでも私の返事は変わらずにNOだった。
「あいつからは見えねぇよ?」
やっぱり、そう言うと思った。
首を横に振って、それは関係ないとアピールすれば、サンジはゆっくりと瞬きを繰り返して私を見つめた。
次の言葉は何だろう? そう思っていたのに、サンジは何も言わずに私に顔を寄せて、瞼を下ろした。強行突破をすれば、私が受け入れると思ったらしい。
もちろんそんなことをさせる気がない私は、伏せられた睫毛にキスをしたい気持ちを堪えながら、指先でサンジの唇を受け止めた。
唇に触れたものが私の唇ではないことにすぐ気づいたらしいサンジは動きを止め、その体勢のままで目を開いた。
10cmほどの距離をあけて、見つめ合う私たち。
サンジが大袈裟に眉尻を下げたのを見てくすりと笑うと、不満そうに眉間が寄り、前へと突き出された唇が私の指を押した。
無言の「どうして?」が伝わってくる。
タコのように突き出した唇で、チュ、チュ、チュと音をたてて指先にキスをするサンジに笑い声を漏らせば、小さな囁き声が聞こえた。
「いい?」
「だ〜め──っちょ、っと」
諦めて体勢を元に戻すのかと思えば、サンジは私の腰を掴んで持ち上げて、自分の足の上に乗せながら椅子に背を預けて不満そうに私を見上げた。
「わざとそんなこと言って楽しんでるだろ?」
片手は私の腰に回し、もう片手では髪を撫でながらサンジは笑った。
その言葉にぎくりとしながら顔を横に振れば、すぼんでいたサンジの口角が愉快そうに上がった。
「おれの可愛い可愛いお姫様は、意地悪なんか言えないかわい子ちゃんだったと思うんだけどなァ」
「……意地悪じゃないかもしれないじゃん」
「本当にキスしてほしくないってことか?」
「……う、」
うん──と、すんなり口にできなかったことが悔しい。
ほらな、と笑い声を漏らすサンジに、余計に悔しい気持ちになってしまう。
せっかく、珍しく私の方が優位だったはずなのに。
「おれの愛しい人は、おれに嘘がつけないんだ」
嬉しそうにそんなことを言われてしまえばもう、意地悪だって、ほんのちょっぴりついてみようとした嘘だって、全部全部たったひとつの気持ちに追いやられてしまう。
「ん──、」
不意打ちに、声を漏らしたのはサンジの方だった。
「キスしていい?」だなんて聞かずに、私は溢れる想いのままサンジの唇を奪った。